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当教会に集っているクリスチャンの方々がどのようにして救いを得たのか、その証しを掲載しています。

20代女性-2025.7-

2歳の時に母親が亡くなって、それから「母親はどこに行ったのだろう? 天国に行ったのかな? 天国ってあるのだろうか? 死んだらどうなるんだろう?」と、疑問と恐怖でいっぱいでした。

小学校低学年頃(2年生か3年生の頃)に、私の家の近くの教会学校に行きはじめました。聖書の話を聞かせてもらってたけど、物語みたいな感じで、イエス様が死んでよみがえったとか、信じがたかったです。

父親も仏教だったし、父親の彼女も一緒に暮らしてたけど、彼女も仏教だったので、「私が信じたら何か言われるんじゃないか、怒られるんじゃないか」と思っていました。

小学校の頃からの友達だったクリスチャンのMさんと、中学生になってから教会に行って話を聞かせてもらってたけど、ずっと信じられなかったです。

高校生になってからは、友人Mとは別の高校に行くようになって、会う回数も減って、教会に行くのも年に1、2回ぐらいしか行かなくなって、アルバイトしたりとかで神様について考える時間が少なくなりました。

高校を卒業した後は、友人Mは愛知県に引っ越すことになって、1人で教会に行くのも人見知りだし勇気が出なくて、その頃はパートで働いてたけど、そっちの方が楽しいしと思って教会には行かなくなりました。

おじさんや祖父が亡くなって、死への恐怖が強くなっていって、そんな時に友人Mから「愛知県に来ないか」と誘われて、5日間愛知県に行きました。

家に泊めさせていただいて、友人Mの両親から聖書の話を聞かせてもらったり、四日市の教会に行ったりする中で、死ぬことへの恐怖がなくて、日々お祈りをして神様に信頼して生きているのが感じられて、「信じてみたいな」と思いました。

そして大阪に帰ってきて、神様について考える時間も増えて、「地獄に行くのは嫌だな」とか「天国に入りたいな」と思って、もう一度教会に行こうと思い教会に行きました。

そして、イエス様が私の罪のために十字架で死んでくださり、三日目に蘇ってくださったことを信じることができました。

小さい頃から教会学校で聖書の話を聞けてたのに、大人になるまで信じられなかったけど、愛知に行ってから信じたいと思えるようにしてくださって、信じる信仰心を与えてくださったことを感謝しています。

これからの歩みの中で困難なことも出てくるかもしれないけど、その中で日々祈り、聖書を読んで主に信頼して歩んでいきたいと思います。

40代男性-2024.5-

私は、現在49歳です。ちょうど40歳の時にYouTubeの動画を見て、イエス様を信じました。父は在日韓国人で、母は沖縄県の出身です。私は一人っ子として人生を歩んできました。

私が小学五年生の時、両親は離婚し、私は父のもとで暮らすこととなりました。母には感謝しています。よく10歳まで育ててくれたなあと思います。なぜなら、私の父はすごく酒が好きで、酒に酔って母に暴力を振るっていました。私もよく絡まれて暴力や暴言などを受けました。父の顔色を見ながら生活していたのを思い出します。殺意を抱いたことは一度や二度ではありませんでした。

そして時は過ぎ、父も他界し、私は一人で自由気ままな暮らしをしていました。趣味はオンラインゲームで、毎日夜遅くまで遊び、放蕩に耽っていました。そんな中、サービスの終了でゲームもできなくなり、次は何をして遊ぼうかと思っていた時、YouTubeで可愛い動物の動画を毎日見ていました。犬がイタズラをして叱られている動画や子猫の寝顔等、尽きることはありません。

そして毎日見ていると、動画の右側の欄に全く関連性がないと思われる、キリスト教の動画がありました。あまりにもずっとあるので気になり、クリックしてみると、高原剛一郎さんの動画で、神が人類の罪を赦すために、人となって全人類の罪を引き受け、身代わりとなって死んでくださり、墓に葬られ、三日目に蘇ったとのことでした。

それを聞いた時、「そんなことが本当にあり得るのだろうか」と思い、いろいろと考えさせられました。この人間のために神が身代わりに死ぬという発想は、罪人である人間からは、搾り出しても絶対に出てきません。もしかしてと思い、次の動画を見てみることにしました。

次の動画は、ミツバチ蘭の話で、オスの蜂を誘うために、花自体がメスの形をしていて、しかもメスが出す匂いを出し、その匂いにも誘われ、大量の花粉を体につけて帰るそうです。蘭の花には視覚も嗅覚もありません。この花が進化したのか、それとも神が作ったのかと考えた際、神が作ったと考えた方がしっくりときました。

そう思うのと同時に「神がいる。この世界と全宇宙、そして私を造ってくださった神様がいる」と確信しました。今まで申し訳ないことをしてきたという気持ちになり、次の休みの日に聖書を買いに行き、貪るように聖書を読み始めました。

私の心に響いた聖書箇所は、申命記6章4節、5節の

『聞け、イスラエルよ。主は私たちの神、主は唯一である。あなたは心を尽くし、命を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』

です。

そして今、こちらの教会へ通わせていただき、愛する兄弟姉妹と共に礼拝を捧げさせていただくことが許され、感謝しています。これからは、主の僕としての限りある、かけがえのない時間を、私も共に歩ませてください。霊的には少年期を過ぎ、青年期に達した頃でしょうか。まだまだ失敗も多く、頼りないですが、共に助け合い、励まし合い、時には戒めを受け、一緒に成長していくものとさせてください。

これをもって、私の証とさせていただきます。

40代女性-2017.4-

私は子供の頃から、死に対していつも恐れを抱いていました。

夜、布団の中でいつも死について考えていたように思います。死んだらどうなるのだろうと常に疑問に思っていました。それを知りたくて身近にいる大人達に聞くと、皆違うことを言いました。生きている間に悪いことをすると、生まれ変わった時に動物や虫になる、仏になって天国に行く、人それぞれ信じた教え通りの場所に行く、死んだら無だ、などと色々聞かされました。その時は、「そうなんだ」と納得し、とりあえずいい子になって、家は仏教だからそれを信じておけばいいのかな、と自分を納得させていました。
時間がたつにつれて一体何が本当なの?という疑問が湧きましたが、考えてもわからないのでもう考えない事にしてしまいました。

高校2年の頃、クラスメイトが交通事故で亡くなりました。クラスメイトの突然の死に、どこへ行ってしまったのだろうという子供の頃の疑問がまたでてきました。そんな時、駅でクリスチャンから伝道されました。「死んだらどうなると思う?」と私が子供の頃疑問に思っていたことを聞かれました。私は「死んでみないとわからない」と答えました。その方は「死んだら永遠の地獄に行くんだよ」と言いました。

そして、ただ1つそこに行かない方法も教えてくれました。 自分が罪人で、裁かれるべき人間と認めること、その罪をイエス・キリストが私の為に身代わりとなって十字架上で裁かれてくださったこと、また3日後に死を打ち破り生き返ってくださったこのお方を救い主、神と信じるなら地獄に行かず天国に行けることを教えてくださいました。その時、心の中でまた違う種類の死後の世界が出てきたな、と思ったことを覚えています。そして、クラスメイトの死を話したら、その子がイエス様を救い主と信じていなかったら残念ながら今地獄にいると言われました。とても複雑な気持ちでした。なぜそんなにもつらいことを言い切れるのか、その根拠を知りたくて、聖書を学ぶようになりました。

初めて読んだ聖書は衝撃的でした。何ひとつ否定できず、聖書に書いてあることを認めざるをえませんでした。そして、子供の頃おびえていた死の恐怖から解放されつつありました。この頃から神様について考えるようになりました。

それから20年以上たってしまいましたが、いつも神様は私の心に神様を思う気持ちをおいてくださったように思います。

自分がいつ神様を信じたのかはっきりわからないのですが、今ではイエス様が今まで私の犯してきた罪、これから行う罪も全部含めて私の身代わりとなり十字架上で裁かれてくださって、死んでくださり、3日後に死を打ち破り生き返ってくださった救い主、神と信じ天国へ行ける事を確信しています。

死に対して怯え何ひとつ解決できなかった自分に対し、神様の方ですべて解決策を用意してくださいました。そしていつからかこのお方についていきたいという思いが湧いてきました。

今日こうしてバプテスマを受ける事ができ感謝です。

40代男性-2017.4-

わたしは、長い間、神社仏閣に慣れ親しんできました。

季節ごとのお祭りや初詣に行くのが楽しみで、それが当たり前と思っていました。だからといって、何かを信じているわけではありませんでした。死んでも無になるだけ、と思っていました。一方で、何か困りごとがあると、神頼みをし、困りごとが解消されるとすっかり忘れてしまう、というような都合の良い態度を繰り返していました。

母がキリスト教系の学校に行っていたことから、家には聖書があり、聖書について、まったく知らないわけではありませんでした。 断片的に読んでいましたが、単なる道徳の書物としか思っていませんでした。 「ノアの大洪水」や「モーセのエジプト脱出」など、いくつかの話は科学的にも証明されている史実であることは知っていましたが、ほとんどの内容は、ただの教訓の物語だと思っていました。

わたしは科学の道を進んでいたため、ビッグバン、進化論、といったことも何の疑念もなく受け入れ、当然のことと思っていました。そのため、無神論の考え方が当たり前になっていきました。

妻と知り合い、妻から聖書のこと、イエス様のことを聞かされていましたが、まったく受け入れませんでした。 キリスト教も宗教のひとつであり、そういう教えもある、という程度の認識しかしていませんでした。 人それぞれ信じるものは自由なので、別に否定はしませんでしたが、わたし自身とは無関係、特に受け入れる必要もないと思っていました。

仕事の関係で、東京から大阪に来ることになりました。 妻が聖書のメッセージを録音したCDを聞いていたので、聖書の内容にはもともと興味があったので、勉強になるかな、と何となく思い、車の中などで聞くようになりました。 そのような中で、宇宙論や進化論についてときどき考えたり、聖書のメッセージを聞いたり、本を読んだり、テレビ番組で聖書関連の話を聞いたりしていました。

そんなとき、図書館でふと目についた昆虫の進化に関する本を読んで、おかしい、ありえない、と思いました。たまたま、貸出しの列に並んでいて、ふと目に付いた本をパラパラと読んでいると、蜘蛛のことが書いてありました。

古代には糸を出さない蜘蛛がいたそうですが、その蜘蛛が進化した結果、糸を出さない蜘蛛はいなくなったというような記述でした。ところが、それを読んで、おかしい、と気付いたのです。 そもそも、なぜ、蜘蛛は糸を出そうと思ったのか。糸を出さない蜘蛛がいたということは、糸を出さなくても生きていけたということでもあるので、それならば、なぜわざわざ糸を出そうと思ったのか。 糸の存在自体を知らないのに、糸を使って獲物を捕まえようと思ったとしたらとても不思議なことです。これを突然変異、進化で片づけるには明らかに無理があります。 蜘蛛の巣は同心円上でとても精巧に作られており、蜘蛛が自分の糸にひっかかることはありません。 しかも、蜘蛛の糸は鉄より頑丈だそうです。そのような完璧な糸が突然変異で生じるとはとても思えませんでした。 これに気付いたときに次々と疑問がわき上がってきました。

蝶は幼虫の間は葉っぱを食べていますが、成虫になると花の蜜を吸います。体の形もまるで違います。ずっと葉っぱを食べたのに、なぜ突然花の蜜を吸おうと思ったのか。 しかも、蜜を吸うためにはストローが必要です。ストローを発明しない限り蜜を吸うことはできません。つまり、ストローを発明するまでは、なにも食べられない。ということは、その時点で絶滅してしまうだろう、だったらなぜ今繁栄しているのか、と素朴な疑問に思い至りました。

そして、今まで当たり前だと思っていた進化論が実は間違っているのではないか、とようやく気付きました。進化論が間違っているということは、この地上や天にあるものはすべて誰かに作られたもの、ということになります。 このことに気付いた時、聖書を何の疑いもなく受け入れることができました。そこで、聖書をさっそく購入し、真剣に聖書のメッセージのCDを聞くようになりました。 そして、イエス様がわたしたちを救われるためにこの地上に来られ、十字架にかけられ、三日目によみがえられたことも素直に受け入れることができました。

大阪に来たときには、犬を飼っていたのですが、犬が飼えるところがほとんどなく、今のところに住むことになりました。すると、それが、たまたま津久野の教会の近くだったのです。これも神様のお導きだったとしか思えません。

今は、イエス様がまことの救い主であることをはっきりと確信しています。いかに今まで神様に逆らい無視してきたかということを知り、自分が罪人であると自覚しました。このような、今まで神様に背いてきたわたしのようなものを忍耐強く導いてくださった神様に心から感謝しています。 これからも聖書を学び続け、イエス様に頼り、交わり、たくさんの人に聖書のメッセージを伝えていきたいと思っています。

女性-2015.7-

私は、まことの神様、イエス様のご存在を知るまでは、姉に誘われ新興宗教の教団に行っておりました。そこでは偶像を拝む事によって「自分の身体は浄められて、災いもなくなる」と教えられてきました。しかし何年か過ぎると、「こんな事をしていて、災いが無くなるなんて・・・・。ちょっと変やわー」と信じられない気持ちが少しずつ湧いてきたのです。

そのような時、大阪に住んでいる娘がイエス様の福音(良い知らせ)を伝えるために、神戸に何回か来てくれていました。そして「この本を読んで」と言い、グレースアルバムという一冊の本を渡してくれました。そこには聖書のメッセージが分かりやすく書いてありました。そして「お母さんも、聖書に書かれている天国に、一緒に行きましょう」と娘は言ってくれました。しかし、その時の私は、まだ偶像を拝んでおり、自分が死後に、神様の裁きを受けなければならない事や、地獄に向かっている事に、気付いてはいませんでした。

しかし、神様は阪神淡路大震災を通して、私に救いの手をさしのべて下さいました。震災後4・5日して電話が通じ、娘が「堺に行らっしゃい」と言ってくれましたので、しばらくお世話になりました。

その時に、娘に連れられて初めて津久野の教会へ行き、牧師から聖書のメッセージを聞きました。そこでは、「人は生まれた時から罪人であり、死後、裁きを受けて地獄に行かなければならないこと。しかし神様は、私たち人間が、地獄から救われて、天国へ行けるように、御子イエス様を人として、この世に遣わして下さったこと。そして、イエス様は私たち人間の身代わりとなり、私たちの罪の罰をその身に負って十字架にかかって死んで下さったこと。しかし、イエス様は、死後3日目に死の力を打ち破り、よみがえられたまことの神様であることを聞きました。イエス様は尊い血を私達の罪のために流して下さったので、イエス様を信じるなら、罪の赦しをいただき天国に入れるのです。堺に居る間その後も2回ほど家庭集会に行かせて頂きました。聖書のお話を聞くうちに、自分が今まで、ずっと神様に背いて生きてきた事に気付き、イエス様を救い主として信じ受け入れました。そして神戸に帰ってすぐに教団をやめました。

神戸に帰ると教会へ行く機会が少なくなっていきましたが、先生はこんな私のために貴重な時間を割いて、毎月一回車で来て下さり、聖書の学びの時間を下さいました。その後は、津久野のあるクリスチャンの兄弟が学びのために続けて来て下さることとなり、今に至っておりました。

しかし私は、以前に津久野の教会でバプテスマを見せて頂いたこともありましたが、「イエス様を信じます。」と告白してから、まだバプテスマを受けてはいませんでした。「私もバプテスマを受けてから天国に行きたい」と強く思いその兄弟に「バプテスマを受けさせて下さい」とお願いしところ、兄弟は喜んで下さり、私も嬉しくて晴々とした気持ちになりました。娘も喜んでくれました。

バプテスマを受けさせて頂くのに長い年月がたちましたが、今日、この日を迎える事ができ、神様に感謝致します。これからもイエス様に祈りながらその他の娘達、周囲の人達にイエス様が完成して下さった救いを、お伝えしたいと願っております。

30代男性-2014.9-

私が初めて聖書を手にしたのは、キリスト教系の高校へ入学した時でした。毎朝の礼拝や授業で聖書を使っていましたが、物語の一つとしか思っておらず、深く考えもせずに、三年間が過ぎていきました。

その後結婚し、妻が友達に誘われて、金岡にあった教会の家庭集会や特別伝道集会などに行くようになりました。そして妻がクリスチャンになりました。そんな妻に誘われて、私も何回か教会の集会に行くようになりました。そこで神様の存在やイエス様が復活されたこと、地獄があることなどを知りました。しかし、数ある宗教の中の一つの考えなんだろうとしか思いませんでした。

その後、津久野の教会が行っていた様々な集会に参加するようになり、色々な先生の話を聞くうちに聖書の語っている事が、本当のことであることがわかってきました。しかし私が、クリスチャンになったなら、その後、色々な問題が生じるのではないかという不安から、十数年、イエス様を信じる決心をしませんでした。

それからしばらく経って、妻に誘われて、再び何度か教会に行くようになりました。その中で、牧師やクリスチャンたちから「クリスチャンになってからおきるかもしれない様々な問題について心配するのではなくて、まず、それ以上に重要な問題である死後のさばきから救われる事が大事であり、救われた後はイエス様があなたを必ず導いて下さるから、その事を信じてください。」と何度も言われました。また、「聖書の神様は、クリスチャンたちを助けることが出来ないような神様ではない。神様の力を侮ってはいけません。」とも言われ、「それもそうだな」と思うようになっていきました。

そして、昨年4月の美原の教会の特別伝道集会に行った時のことです。聖書からのメッセージが終わったあと牧師から、「『またいつか!』ではなく、『今』イエス様を救い主として信じて下さい。」と言われたので「はい、信じたいです」と答え、先生たちとお祈りしました。それから後も、つづけて聖書のメッセージを聞いているうちに、やはり、自分が罪深い存在であり、その自分を地獄から救ってくださる唯一の救い主は、イエス様であることをはっきり確信しました。

これからも聖書を読み、学んで常にイエス様の愛の交わりの中を歩んでいきたいです。

40代女性-2013.3-

私の親はクリスチャンではなく、住職が出入りする家で育ちました。大人になり、世の中には数多くの宗教が存在することを知り、宗教は心の弱い人たちが心のより所を求めて信仰する為のものだと、自分なりに解釈していました。「アダムとエバ」や「ノアの箱舟」の話は、「昔話」と思って読み、「イエス・キリスト」の話は偉人の一人の伝記と思いながら読みました。

結婚、出産、離婚を経験し、娘二人を連れて引っ越しました。その引っ越し先の近くの公園では、毎週日曜学校をしていました。娘二人はいつもそこに喜んで行っていました。私の母や兄弟からは、「娘たちが宗教にはまったら、親のせいだ」と責められ、娘二人と話をしました。しかし娘たちは、「自分で聖書を全部読んでから、悪いものかどうかは、自分で決めたい」と返答され、「それはもっともだ」と思い、二人が日曜学校に行くことをとめるのをやめました。

娘たちの「母ちゃんはイエス様を信じてないから、このまま死んだら地獄行っちゃうなぁ」と話す言葉が耳に入ってきた時には、二人の事が気になりました。それでも、日曜学校の先生から手紙をもらったり、教会やキャンプの写真を見たりして、娘たちが楽しんでいる様子がよく伝わり、安心していました。

再婚、出産後、時間の余裕のできた2010年12月のクリスマス会に初めて参加し、娘たちも出演する、ハンドベルと劇を観ました。そのとき聞いた聖書の話を理解したくて、「真理とは何か」(エマオ出版)の本を読み、津久野キリスト恵み教会の事を知りたいと思い始めました。聖書の話を聞くうちに、これは宗教ではなく、本当のことであることが分かってきました。

2011年2月のある土曜日、教会の土曜学校へ行き、そこで個人的に話をしてくださった教会学校の先生たちの前で「イエス様を救い主として信じます」と信仰告白しました。「やっぱり神様はおられた」と、素直に信じる事ができたのは、神様の愛と恵みによるものだと思い、心から感謝しています。長い間フォローしてくださった日曜学校の先生が泣いて喜んでくれて感動したことと、娘たちとずっと幸せでいたいと思った事をよく覚えています。その翌日から、礼拝に参加させて頂いており、本当に感謝です。みことばの学びを大切に、聖書からのメッセージを正しく理解して、神様に祈り、大切な人たちに伝道していきたいです。

20代男性-2012.11-

私の母は私が生まれる前にクリスチャンになり、父も私が生まれて間もなくイエス・キリストを信じる信仰を持ちました。ですから、私は物心が付く前からクリスチャンである両親のもとで育ちました。そして、この全宇宙やすべての生き物を造られた神様がおられることを聞かされました。幼いころではありましたが、美しくてよくできている動植物や人間の体が偶然にできたのではなく、神様によって造られたというのは当然のことだと納得していました。

私は毎週教会の日曜学校に参加して、聖書の話を聞くうちに、自分が神様の前に罪人であることが分かりました。恥ずかしい話ですが、私はよく嘘をつきましたし、兄弟に対して腹を立てたり、自分勝手なことを言ったりして人に迷惑をかけることもしばしばありました。全てをご存じの神様の前に、罪がないなどとはとても言えなかったのです。そして、罪を犯した私は、死んだ後で罪の刑罰の場所、火の燃える地獄に行かなければならないと聞きました。確かに、悪いことをして何も罰がないことの方が変なのですから、死後にさばきがあることを否定しようもありませんでした。しかし感謝なことに、私を救うために、イエス・キリストが十字架につけられて身代わりにさばかれてくださり、三日目によみがえってくださったことを私は聞いたのです。「イエス様は何の罪もない神のひとり子なのに、人間となってこの世界に来てくださり、僕のために十字架につけられて身代わりに罰を受けてくださった。そして僕はただイエス様を信じるだけで天国に行けるなんて、なんてすばらしいことだろうか。」と感謝しました。私にとっては、イエス様のしてくださったことはすばらしいことばかりで、イエス様を拒む理由など何もなかったのです。

そのようにして、幼い時から素直にイエス・キリストを信じていた私でしたが、中学・高校生の頃になると、色々と自分の信仰について考えることがありました。幼い頃の私は、聞かされるままに信じてきたけれど、聖書に書かれてあることは果たして信頼できることで、本当だろうかと思ったのです。もし、死後にさばきがあること、イエス・キリストの十字架と復活、キリストを信じる者が天国に行けること、これらが現実のことでなくて空想に過ぎないなら、いくらイエス・キリストを信じても何も意味がないことになります。それは、私にとって重大問題でした。神様に、「本当のことを教えてください。」と祈り、また聖書を読みました。最終的に、確かに聖書が語っている救いのメッセージは本当のことであり、信じるべきものだということがよく分かりました。今振り返ってみると、その確信は神様が与えてくださったに違いありません。

幼い時から私を神様のもとへと引き寄せてくださり、またイエス・キリストを信じる信仰を与えてくださった神様に心から感謝と賛美をおささげいたします。

10代男性-2011.7-

僕はクリスチャンホームに生まれて、幼いころから教会に行っていました。だから、僕は小さい頃からイエス様の十字架と復活について聞いていて知っていました。でも、イエス様をハッキリと信じてはいませんでした。

ただ少し覚えているのが幼稚園の頃、僕は地獄のようなところに落ちる夢を見て怖くなり母親に地獄が本当にあるのかを聞いたことがありました。すると母親は、地獄は本当に存在し、その地獄から救われるにはイエス様を信じるしかないと教えてくれました。そして僕はその時イエス様を信じるといったものの、今思うとその時イエス様を本当に信じていたかは分かりません。

そのような状態で過ごしているうちに少しずつイエス様を愛する思いが与えられ始めたのは、小学生の中上級クラスの最後の分級の時でした。ある先生が悔い改めについて僕に語ってくれました。そして分級が終わり僕は、「幼いころから教会に行き福音を聞き知っていても自分が本当に神様に背を向けて神様の嫌われる罪を犯し歩んできたことを悔い改めてイエス様を信じ受け入れていないなら、死後地獄に行かなければならないのだ」とその時思いました。

僕はイエス様を信じたのがいつか覚えていませんが、この時をきっかけにだんだんと救いの確信が増していきました。

僕は、神様の愛の交わりの対象として作られたにもかかわらず罪を犯し自分の欲に従って生き、その結果自分の犯した罪のゆえに死後永遠に地獄で父なる神様から罰を受けるべきものでありました。しかし、父なる神様はこんな醜い罪人を愛して、救うために御子イエス様をこの世に遣わし、全人類の罪を御子に背負わせ、私たちの身代わりに十字架の上で罰してくださいました。それだけでなく父なる神様は御子イエス様に死の力を打ち破らせ三日目によみがえらせなさいました。

今僕はイエス様を救い主と信じ、救われたことを感謝しています。