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 すべての人は、いつか必ず死を迎えます。たとえ、今は若く健康な人であっても例外ではありません。では、人は死んだらどうなるのでしょうか。あなたは、この確かな答えを持っておられるでしょうか。

 多くの末期ガン患者を知る看護師が、かつてこのように言いました。
 「死が迫ってくると、人々は2つの思いを抱くようです。1つは『あきらめ』で、自分がまもなく死ぬということを、避けられないこととして受け止めるようです。そして、もう1つは『恐れ』です。死ぬこと自体を恐れるというより、死後の行き先を恐れているように思います。人は死んだ後、どこか恐ろしいところへ行くのではないでしょうか。」

死後の行き先

 ある人は「死んだら消えてなくなる」とか「生まれ変わる」などと言います。そして、そんな言葉を信じる人の中には、「生きることが辛ければ、死んだ方が良い」と考える人すらいます。しかし、死後についての人の言葉を信用するのは危険です。誰も、死の壁の向こうを確認できないからです。けれども、人の死後について、確かな答えをくださる方がおられます。それは、この世界のすべてを造られた真の神様です。神の言葉である聖書には、このように書いてあります。
「土のちり(人の肉体)は元あったように地に帰り、霊(その人自身)はこれを与えた神に帰る。」※1 
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている」※2 
 人は死後に、神様の前で罪のさばきを受けるのです。神様に造られた人間は、心のどこかでこのさばきに気がついています。それで、すべての人が死を恐れているのです。

罪と罰

 罪のさばきは、すべての人の問題です。殺人、誘拐だけでなく、ののしり、ねたみ、嘘も罪だからです。また多くの人は、人間にいのちを与えて日々生かしてくださっている神様を認めず、感謝もせず、自分勝手に生きています。このような生き方は、神様の前で大きな罪です。
 ですから、すべての人は自分の行なった罪をさばかれ、死後に、火の燃える地獄で罰を受けなければならないのです。私たちが今味わう苦しみには、必ず終わりが来ます。しかし地獄の苦しみに終わりはありません。

天国への道

 神様は決して、あなたが地獄に入ることを望んでおられません。罪を見逃すことはできない方ですが、私たち人間を愛しておられるからです。そこで神様は、私たちを救うために、ひとり子イエス・キリストを遣わされました。
 イエス様は、今から約2000年前に十字架にかかり、すべての人の身代わりに罪の罰を受けてくださいました。当時、死刑の道具として恐れられた十字架が、今では病院などで「救い」を表すシンボルとなったのは、イエス様が私たちを永遠の地獄から救うために、十字架で死なれたからです。そしてイエス様は、死後3日目によみがえられ、今も天で生きておられます。誰でも、神様の前で自分の罪を認め、イエス・キリストを「私の神、私の救い主」と信じるなら救われます。
「この方(イエス・キリスト)を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられる」※3 
「わたし(イエス・キリスト)が道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもと(天国)に行くことはできません。」※4 
 イエス様を信じたクリスチャンは、死を前にしても平安を持つことができます。そして、天への希望と救いの喜びをもって生きることができます。あなたもイエス様を信じて、この大切な救いを得てください。

※1:伝道者の書12章7節 ※2:へブル人への手紙9章27節 ※3:使徒の働き10章43節 ※4:ヨハネの福音書14章6節