ふくいん20号 -2003.11-
キリスト・イエスは、
罪人を救うために
この世に来られた。

“本当のクリスマスの意味をご存知ですか?”
今年も、クリスマスの季節がやってきました。皆様は今年のクリスマスをどのように過ごされる予定でしょうか。
さて、クリスチャンはクリスマスをどのように過ごすと思われますか?本当のクリスチャンはクリスマス・パーティーをしません。それはなぜでしょうか。それは、イエス・キリストがこの世に来られた目的から外れているからです。真のクリスチャンは、イエス・キリストがこの世にお生まれになった目的を知っているので、パーティーなどを開かずに、心からイエス・キリストに、この世に来て下さったことを感謝します。
皆様もご存じのように、イエス・キリストほど多くの文学のテーマにされた方は他にありません。また、イエス・キリストほど、多く音楽によって賞賛された方は他にありません。イエス・キリストほど、人類に良い影響を与えた方が他にないということは、全ての人が認めていることです。
ではいったい、イエス・キリストの何がそれほどの賞賛の対象にされ、何がそれほどの影響を与えたのでしょうか。
普通、歴史上の偉人と呼ばれる人々は、生きている間に行った業績、発見、研究などのゆえに賞賛されます。しかしその死のゆえに有名な人といえば聞くことも無く、また死そのものに触れられる事もまれです。たとえば、チンギス・ハーンは一代で大モンゴル帝国を建てたことで有名ですが、その死についてはほとんど知られていません。松下幸之助の経営方針や思想について共鳴し語ることの出来る人は多くいるかも知れませんが、その死を尊ぶ人はいないでしょう。
それでは、イエス・キリストについてはどうでしょうか。イエス・キリストと聞いて誰もが思い浮かぶのが、十字架上の死ではないでしょうか。そうです。その死のゆえにイエス・キリストは賞賛され、尊ばれ、多くの人々から愛されているのです。もし仮にイエス・キリストの十字架上の死がなかったならば、イエス・キリストの誕生の意味もなくなり、従って誕生を祝うこともなかったのです。ですから、イエス・キリストの誕生を祝う前に、なぜ、何のためにイエス・キリストが十字架上で死なれたのかを私たちは知らなければならないのです。
そこで、私たちは皆様にも、イエス・キリストが何のためにこの世に来られたのか、そして何のために十字架の上で死なれたのかを知っていただこうと思います。
すべての百科事典も歴史書も、イエス・キリストがかつて実在された人であり、十字架の上で死なれたということを事実として取り扱っています。しかし、もっとイエス・キリストについて、詳しく、正確に知ろうとするならば、新約聖書中の福音書というイエス・キリストについての、弟子たちによって記された伝記に拠らなければなりません。
イエス・キリストについての正確な情報は、新約聖書のマタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書と呼ばれる伝記から十分に得られます。それらの福音書の著者のマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネは、イエス・キリストの弟子たちで、イエス・キリストが、どんな人であったのか、何をしたのか、何を語ったのかを十分に知る立場にいた者たちであり、また一層十分に知る立場にいた他の人々を知る立場にいた人々です。この四人の中の、マタイ、マルコ、ルカの三人がいつ頃福音書を書いたかもほぼ正確に知られています。紀元60年頃までには、地中海沿岸のほとんど全ての主要都市で福音書が流布され、読まれていたのですから、それ以前に記されたことは明白です。だいたい、それについての専門家は、紀元四十五年から五十五年の間に記されたのであろうと認めています。
このことは非常に重要なことを意味しています。それは、イエス・キリストが十字架に付けられたのが紀元30年でありますので、福音書が書かれた当時、イエス・キリストについて個人的に知っている人々が大勢いたということです。その人々が、これらの福音書をイエス・キリストについての正確な記録であると認めていたのです。
ヨハネの福音書は、ヨハネによって、彼が老年になって死ぬことによってイエス・キリストについての貴重な記憶が失われることがないようにと、紀元80年頃記されたという証言が残されています。
これら四つの福音書に記されている通り、イエス・キリストはただの普通の人間ではなかったのです。イエス・キリストは人間となられた神の御子であられるのです。すなわち、天と地の創造主である真の神の御子が、私たちの救いのためにこの世に来られ、人となって下さったのです。
イエス・キリストは私たちの罪をご自分の身に負って、十字架の上で死んで下さったのです。そして、福音書に記されている通り、イエス・キリストは死後三日目に、復活され、死の力を打ち破って下さったのです。それで、だれでも、イエス・キリストを自分の救い主として信じ、受け入れるものは、みな罪の赦しを得、神から永遠のいのちをいただくことができるのです。
全ての人は死ななければなりません。死なない人はありません。人が、神に逆らい、神を無視し、神に背を向けたまま死ぬことは、実に恐ろしいことです。その人の死後に、罪のさばきの永遠の地獄があるのです。
だれも死について考えたくありません。特に死後のことについてはなおさらです。みな、自分が死ぬことについて考えることを避けたいのです。しかし、死はあなたを特別扱いはいたしません。皆様にも、死ぬ時は必ず来るのです。そして、「死なんて恐くない。」と言っても、それで問題の解決にはならないのです。
しかし、ここに本当の救いがあるのです。神の御子イエス・キリストが私たちのために十字架の上で死んで下さり、復活されたのです。
神は、このイエス・キリストを信じ受け入れる者に罪の赦しを与え、地獄から救い、永遠のいのちをお与え下さるのです。
このクリスマスに当たって、皆様も、神の御子が、私たちを救うためにこの世に来て下さったことを知り、心から感謝される方となりますように。


