鰯の頭も信心から

「鰯の頭を見て怖がるのはミジンコぐらいじゃないのか」と言いたくなるが・・・
「鰯の頭も信心から」は、節分の風習に由来する。
近世以降より、節分には、鰯(いわし)の頭を、柊(ひいらぎ)の小枝に刺して、戸口に挿す風習が行われるようになった。これは、鬼の嫌いな柊のトゲと、鰯の臭気で鬼を退散させようとしたものである。
「いやあ。そんな迷信、おれは信じちゃいないよ。」とあなたは言うかもしれない。しかし、まことの神様の前に罪が赦されていない者は良心が痛んでいるので「日ごろの行いが・・・」などと言って、いつかは自分は悪行の報いを受けて災難にあうのでは、と得体の知れない”鬼”などを結構真剣に恐れていたりする。そして、それから守られるのならと言って玄関にくだらない魚の頭などを置いたりしているのだ。あなたはそのような愚かな悪習を離れ直ちにまことの神様との関係を回復しなければならないのである。