これまでのみことば

これまでのみことば

2018年7月
人はみな草のよう。その栄えはみな草の花のようだ。草はしおれ、花は散る。しかし、主のことばは永遠に立つ。
新約聖書 ペテロの手紙第一 1章24,25節
2018年6月
「【主】を求めよ、お会いできる間に。呼び求めよ、近くにおられるうちに。悪しき者は自分の道を、不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。【主】に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」
イザヤ書 55章6~7節
2018年4月
この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手で造られた宮にお住みにはなりません。また、何かが足りないかのように、人の手によって仕えられる必要もありません。神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられるのですから。
使徒の働き 17章24,25節
2018年3月
わたしは生きている──【神】である主のことば──。わたしは決して悪しき者の死を喜ばない。悪しき者がその道から立ち返り、生きることを喜ぶ。立ち返れ。悪の道から立ち返れ。イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。
エゼキエル書 33章11節
2018年2月
そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている
へブル人への手紙9章27節
2018年1月
それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。」
ローマ人への手紙 3章10~12節
2017年12月
「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。
テモテへの手紙第一 1章15節
2017年11月
主はこう仰せられる。「人間に信頼し、肉を自分の腕とし、心が主から離れる者はのろわれよ。…」
アモス書 4章12節
2017年10月
あなたはあなたの神に会う備えをせよ。
アモス書 4章12節
2017年9月
そのように私たちは神の子孫ですから、神を、人間の技術や工夫で造った金や銀や石などの像と同じものと考えてはいけません。神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。
使徒の働き 17章29,30節
2017年8月
神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
ローマ人への手紙 3章25節
2017年7月
キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。
ガラテヤ人への手紙 1章4節
2017年6月
なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。
ペテロへの手紙第二 1章21節
2017年5月
祝福に満ちた唯一の主権者、王の中の王、主の中の主、近寄りがたい光の中に住まわれ、人間の中のだれ一人見たことがなく、だれ一人見ることができない、唯一不死を保っておられる御方<イエス・キリスト>が、ご自身の最も良いと思われる時に、それ[再臨]を現してくださいます。誉れと永遠の主権はこの御方のものです。アーメン。
テモテへの手紙第一 6章15,16節
2017年3-4月
あなたを贖い、あなたを母の胎内にいる時から形造った方、主はこう仰せられる。「わたしは万物を造った主だ。わたしはひとりで天を張り延ばし、ただ、わたしだけで、地を押し広げた。…」
イザヤ書 44章24節
2017年2月
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。
ヨハネの福音書 14章6節
2017年1月
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
ローマ人への手紙 6章23節
2016年12月
神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。
テモテへの手紙第一 2章5節
2016年11月
神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。
コリント人への手紙第二 5章21節
2016年10月
この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。
使徒の働き 4章12節
2016年9月
わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。
ヨハネの福音書 10章28節
2016年8月
私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。
イザヤ書 53章6節
2016年7月
キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。
ペテロの手紙第一 2章22,23節
2016年6月
しかし、いと高き方は、手で造った家にはお住みになりません。預言者が語っているとおりです。『主は言われる。天はわたしの王座、地はわたしの足の足台である。あなたがたは、どのような家をわたしのために建てようとするのか。わたしの休む所とは、どこか。わたしの手が、これらのものをみな、造ったのではないか。』
使徒の働き 7章48~50節
2016年5月
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。
エペソ人への手紙 2章8,9節
2016年4月
あなたを贖い、あなたを母の胎内にいる時から形造った方、主はこう仰せられる。「わたしは万物を造った主だ。わたしはひとりで天を張り延ばし、ただ、わたしだけで、地を押し広げた。
イザヤ書 44章24節
2016年3月
人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。
ルカの福音書 19章10節
2016年2月
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。
テモテへの手紙第一 2章4節
2015年11月
イエスについては、預言者たちもみな、この方を信じる者はだれでも、その名によって罪の赦しが受けられる、とあかししています。
使徒の働き 10章43節
2015年10月
聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。
テモテへの手紙第二 3章15節
2015年9月
造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。
ヘブル人への手紙 4章13節
2015年8月
わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。
ルカの福音書 13章5節
2015年7月
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
マタイの福音書 11章28節
2015年4月
そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。
使徒の働き 3章19節
2015年3月
それで、神が私たちを通して願っておられるのです。私たちは、キリストのために大使の働きをしています。私たちはキリストに代わって請い求めます。神に向かって和解〔方向転換〕してください。
コリント人への手紙第二 5章20節
2015年1月
地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。
イザヤ書 45章22節
2014年12月
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
ローマ人への手紙 10章9節
2014年11月
私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。
コリント人への手紙第二 2章15節
2014年10月
神は、そのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今は、どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます。
使徒の働き 17章30節
2014年9月
イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」
ヨハネの福音書 4章13,14節
2014年8月
トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」
ヨハネの福音書 20章28節
2014年7月
そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。
使徒の働き 3章19節
2014年6月
なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。
コロサイ人への手紙 1章16節
2014年5月
御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。
ヘブル人への手紙 1章3節
2014年4月
人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。
箴言 16章25節
2014年3月
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
ヨハネの福音書 1章1節
2014年2月
彼らの偶像は銀や金で、人の手のわざである。口があっても語れず、目があっても見えない。耳があっても聞こえず、鼻があってもかげない。手があってもさわれず、足があっても歩けない。のどがあっても声をたてることもできない。これを造る者も、これに信頼する者もみな、これと同じである。
詩篇 115篇4~8節
2014年1月
地の果てのすべての者よ。わたしを仰ぎ見て救われよ。わたしが神である。ほかにはいない。
イザヤ書 45章22節
2013年12月
それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。
イザヤ書 7章14節
2013年11月
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
ローマ人への手紙 10章11節
2013年10月
一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。
ヘブル人への手紙 2章15節
2013年9月
「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。」
ローマ人への手紙 3章10~12節
2013年8月
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
ローマ人への手紙 10章9節
2013年7月
肉の行ないは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。
ガラテヤ人への手紙 5章19~21節
2013年6月
すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。
使徒の働き 3章6,7節
2013年5月
しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
コリント人への手紙第一 15章20節
2013年4月
もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。
コリント人への手紙第一 15章19節
2013年3月
イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。…」
ヨハネの福音書 6章35節
2013年2月
御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。
ヘブル人への手紙 1章3節
2013年1月
まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。
マタイの福音書 13章3節
2012年12月
ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。』あなたがたに言うが、この人が、義と認められて家に帰りました。パリサイ人ではありません。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」
ルカの福音書 18章13,14節
2012年11月
また言われた。「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」
マルコの福音書 7章20~23節
2012年10月
というのは、不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。
ローマ人への手紙 1章18節
2012年9月
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠への思いを与えられた。しかし、人は、神が行なわれるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。
伝道者の書 3章11節
2012年8月
なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。
ローマ人への手紙 1章17節
2012年7月
祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。
伝道者の書 7章2節
2012年6月
それは、私たちの神であり主であるイエス・キリストの恵みによって、主イエスの御名があなたがたの間であがめられ、あなたがたも主にあって栄光を受けるためです。
テサロニケ人への手紙第二 1章12節
2012年5月
わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。
ヨハネの福音書 14章6節
2012年4月
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
ヨハネの福音書 3章17節
2012年3月
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。
ヨハネの福音書 5章24節
2012年2月
そこで、彼らは近寄って行ってイエスを起こし、「先生、先生。私たちはおぼれて死にそうです。」と言った。イエスは、起き上がって、風と荒波とをしかりつけられた。すると風も波も治まり、なぎになった。
ルカの福音書 8章24節
2012年1月
そこで、イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。 わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」
ルカの福音書 5章31,32節
2011年12月
きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
ルカの福音書 2章11節
2011年11月
いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。
ヨハネの福音書 1章18節
2011年10月
イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」
ヨハネの福音書 3章3節
2011年9月
罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。
ローマ人への手紙 6章23節
2011年8月
この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。
使徒の働き 4章12節
2011年7月
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
マタイの福音書 11章28節
2011年6月
神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。
テモテへの手紙第一 2章4節
2011年5月
「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。
テモテへの手紙第一 1章15節