自殺は問題の解決にはならない

永遠の苦しみの始まりである

 

  ―富士樹海に過去最多の自殺体―共同通信2003年02月06日(木)
 青木ケ原樹海をご存知でしょうか。富士山のふもとにある樹海で、広大かつ大変に自然の美しい場所です。しかしまたそこは自殺の名所としても有名です。

 世の中には自殺を美化しようとするような者達もいるようですが「死」は決して美しいものではありません。インターネットの掲示板の書き込みから引用します。「私は山歩きが趣味で、よく青木ヶ原樹海へ散策に出かけます。四季折々の色、草花やキノコ、手付かずの自然は大変気持ちがいいのですが、やはり御遺体に遭遇してしまうこともしばしばあります。白骨化しているもの(あえてココではモノと言う表現を使います)から、つい先日自殺を図ったと思われるものまで様々です。新しいものは首吊りですと、顔が鬱血して腫れ上がり、眼球は飛び出しその穴からはウジ蟲が泪のようにぽろぽろと零れ落ちていました。ひどい匂いで、回収する警察の方は皆とても嫌そうにしています。自殺を考えている方は一度見ておくといいかもしれませんよ?」

 
さて、自殺する人の、その理由は何でしょうか。人生の暗い面について考えると自殺する人のおおよその考えが分かります。
 人生に希望がない、生きていても苦しむばかりだ。どうせ生きても年を取れば死ぬのだから、少し早めに死んだ方が楽だ。いずれ病気か老衰で死ぬのだから、自分で自分の人生を終わらせて何が悪い。生きている目的がない。おもしろくない。人に裏切られ、騙されて人が信じられなくなった。

 人によっては、何も人生の暗い面ばかりを見る必要がないじゃないか、明るい面を見るべきで、明るい面もあるはずだ。と言うかもしれません。では、人生の明るい面とは何でしょうか。子どもの成長、入学、恋愛、結婚、子どもの誕生、等々ですが、よく考えるとそれらはすべて一時的なものに過ぎません。そのうえ、それらは、すべて病気、死によって粉砕されてしまうものばかりです。しかも死は必ず来るのです。人がどんなにごまかしても、どのように死を見ないようにしても死は必ず来るのです。つまるところ私たちは「死」の問題を解決する事なしには本当の人生の目的、人生の希望、本当の幸福を手に入れる事ができないのです。

 それでは私たちはどうしたらよいのでしょうか。実に多くの人が大変大きな間違いを犯しているのです。
 世間一般では、学校でも、家庭でも、人々は一生懸命、宇宙が神によって創造されたことを否定しています。すべてをお造りになった創造主である神がおられると言うと、それを非科学的と言ってあざ笑い、神の存在を否定することが科学であり真理であると宣伝しています。
 神の存在を認めない人々は、宇宙には存在の理由がないのだ、偶然に発生したのだ、だから地球の上の人間にも生きている理由はないのだ、全て偶然に発生したのだ、人間は何のために生きていると考えること自体が無駄なのだ、と言っています。
すなわち、この人々は「人生には明るい面などはないのだ。人間は自分の欲望を満足させるためにのみ生きているのだ。遊ぶことが喜びだ。だから遊んで楽しんで笑って現在だけについて考えよう。今のことだけを考えよう。そしてそれができなくなったら、その時は・・・・・」と言っているのです。そして自殺した人々も生きている時はこのような思想で生きていたのですが、それで行き詰まったのです。
 実にこれが自殺を奨励しているサタンの思想なのです。

 本当のキリスト教会だけが唯一、この悪魔の思想に勝利しています。
 まず第一に、天と地をお造りになった創造主である神様がいらっしゃることを知ってください。神様は、神様のお造りになったこの美しくまた緻密な世界を通してご自身の存在を主張しておられます。そして無神論こそが非科学的であり、何の根拠もない全く愚かな思想なのです。
 事実、私達は神様によって造られたのです。神様によって命を与えられ、今も生かされているのです。ですから、本当ならば私達は、まことの神様だけを恐れ敬い、礼拝すべきなのです。
 ところが実際はどうでしょうか。先ほど記しましたように、人々は神様のご存在を否定し、かえって自分が良ければ他人がどうなろうとまた社会に迷惑をかけようとかまわないという自己中心的な考え方になり、いじめ、援助交際、残虐な人殺しの低年齢化を招いているのです。また自殺もこの考えから来ているのです。
 これが罪です。私達は罪ときくと犯罪を思い起こします。人殺し、強盗、強姦などです。しかしこれだけが罪ではありません。神様は、日本の警察とは比較にならないくらい正しい方ですから、犯罪行為だけでなく私達にとってささいと思われる「うそ、けんか、ねたみ、憎しみ」なども罪と断定されるのです。そればかりではなく、神様を絶対的なお方として敬わないことこそが罪の根源であり、神様抜きの人生そのものが罪なのです。
 皆さまに、この神様抜きの生き方また考え方を罪と認めて悔い改め、神さまに救いを求めていただきたいのです。なぜならばそのような生き方が世間を暗くし、人生を、家庭を破壊するからです。
 神様は、人間が罪を悔い改めてご自身に立ち返ることを望んでおられます。しかし、期限があります。それは死です。死ぬまで罪を悔い改めずに、一生神に反逆を続け、そのまま死んでしまうならばどうなるのでしょうか。神様は、人間を死後、永遠の地獄でさばかれます。罪人は、燃える火の池で、来る日も来る日も苦しみ続けるほかないのです。まさに死は何の解決にもならないのです。罪を悔い改めない人間にとって、それは永遠の苦しみの始まりなのです。

 まことの神様は、私たち人類を愛しておられます。神様は、私たちを罪に対する刑罰の場所である地獄から救うために、御子をこの世に遣わされました。すなわちイエス・キリストです。イエス・キリストは十字架の上で私たちの罪を負い、私たちの身代わりとなって罪の刑罰をご自分の身にお受けになって死んでくださったのです。そして、イエス・キリストは死んで後、三日目に復活されて、死の力を永遠に打ち破られたのです。そして、そのよみがえられたからだを持って復活の四十日後に、イエス・キリストは御父の元である天国に帰られました。

 このイエス・キリストこそがまことの救い主なのです。罪を悔い改め、キリストを信じるすべての者の罪を赦してくださり、永遠のいのちを与えてくださるのです。ですからぜひ私たちは、読者の皆さまにお願いします。このイエス・キリストを信じ受け入れてください。そして決して失望に終わらない希望をもってください。