ふくいん新聞(第5号)―「最も必要な救い」

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最も必要な救い

 すると、人々が一人の中風(ちゅうぶ)の人を、みもとに連れてきた。彼は四人の人に担がれていた。彼らは群衆のためにイエスに近づくことができなかったので、イエスがおられるあたりの屋根をはがし、穴を開けて、中風の人が寝ている寝床をつり降ろした。イエスは彼らの信仰を見て、中風の人に「子よ。あなたの罪は赦された」と言われた。(マルコ2:3~5)

 人は様々な救いを求めます。人間関係のしがらみや貧困、病気といった生活の中で起こってくる問題から救われることを願うものです。しかし、私たち人間が何よりも求めなければならない救いがあるのです。

罪の赦し

 冒頭の聖句では中風の人(半身不随の人)がイエス様の前に連れて来られた時のことが記されています。友人たちは彼を担ぎ、イエス様のおられる家までやってきました。人だかりで近づくことが出来なかったので、屋根に穴をあけてつり下ろすという大胆な行動にも出ました。そこまでした彼らの願いは病気を治してもらうことでした。ところがイエス様が中風の人に語った最初の言葉は「あなたの罪は赦されました」であったのです。「病気の問題」ではなく、「罪の問題」を先に扱われたのです。それはなぜなのでしょうか?病気を治すことが出来ないのでごまかそうとされたのでしょうか?そうではありません。この後に、中風の人は癒され立ち上がって帰っていくのです。では、なぜ「罪の問題」が先なのでしょうか?それだけ罪の赦しが人間にとって重要なことであり、何よりも必要なことであるからなのです。

罪の赦しがなければ・・・

 では、罪が赦されなければ人はどうなるのでしょうか?聖書は「罪の報酬は死です。」(ローマ6:23)と語っています。罪を犯した人間は必ず死を迎えます。そして、ただ肉体が活動停止するだけではなく、その人のたましいは「第二の死」と呼ばれる火の池(地獄)でのさばきを受けなくてはならないのです。それは聖なる神が罪を憎んでおられ、罰を下されるからなのです。「彼らは昼も夜も、世々限りなく苦しみを受ける。」(黙示録20:10)とあるようにそのさばきは永遠で二度と出ることは出来ず、苦しみ続けなければならないのです。
 ですから、たとえ病気が治ったとしても、その他のどんな問題が解決できたとしても罪の赦しがなければその人はやがて死に、死後のさばきを受けなくてはなりません。それでは本当に救われたとは言えません。

罪人とは

 「人を殺す者、淫らなことを行う者、魔術を行う者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者たちが受ける分は、火と硫黄の燃える池の中にある。これが第二の死である。」(黙示録21:8)

 あなたは誰かを憎みその存在を消したいと思ったことや、性的な不道徳を行ったこと、霊媒、占いといった悪霊と関わりをもったこと、また真の神を無視し、人間の手で作り上げた偽の神々を拝んだことなどはないでしょうか?神はそれらをさばきに値する罪であると断言しておられます。そして、神はあなたが生まれてから死ぬまでの全ての行いとその心にあることを知り尽くしておられます。その上で「義人はいない。一人もいない。」(ローマ3:10)と語っておられます。すなわち、あなたも罪の赦しを必要としている罪人の一人であるということです。

罪の赦しを得るためには

 「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた。」(Ⅰテモテ1:15)

 イエス様こそあなたの罪を赦すことがお出来になる唯一の救い主です。イエス様はそのためにこの世に来られ、十字架にかかって死なれました。あなたの罪を背負い、あなたの身代わりとなって罪の刑罰をお受けになられたのです。そして、イエス様は死で終わりではなく、三日目に復活されました。それは、この方が本当の救い主であり、神の御子であられることの証拠です。イエス様は歴史上の事実として確かによみがえられ、弟子たちが見ている前で天に昇って行かれました。そして、今も天で生きておられるのです。ですから、神は「御子を信じる者はさばかれない。」(ヨハネ3:18)と約束しておられます。イエス様を自分の救い主であると信じるなら、イエス様は中風の人に対してもそうであったようにあなたの信仰をご覧になり「あなたの罪は赦された」と語ってくださいます。そして、罪が赦されたならば、さばきを受けることはなく神のおられる天国に入る幸いな者とされるのです。
 ぜひ、あなたにとって最も必要なこの救いを受け取ってくださいますように。

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